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アヒル番外地

すでに人生半世紀、朝昼晩につれづれに

Top Page › 日常 › 誕生日のその日
2016-04-18 (Mon)  00:29

誕生日のその日

 昨日は夕方、珍しく固定電話が鳴った。

最近はケータイでのやりとりがほとんどで固定電話がかかってくることは滅多にないから、取った受話器の向こうを耳でさぐる。だって、かかってくるそのほとんどが、

「明太子買ってください」

「いらない貴金属ありませんか?」

「フレッツ光がお安く使えるプランがあるんです」

「今、近くで工事やってるんですが、外壁気になりませんか?」ってな具合だから。

だけど、ドコソコのダレソレです、という聞き覚えのある名字にもしや、

「ノッコちゃん?」

「そう、ガーコちゃん、ノッコです」と明るい声は小中学高校の時の同級生。

この秋に中学の同窓会を開くことになったんだそうで、住所の確認。

前回あったのは40歳くらいの頃だったか。

「次は10年後にやろうね、ってことになってたんだけどね、もうだいぶ過ぎちゃった。
決まったら、また連絡するね」

前の時もそうだったけど、今回も学年全体でやるのだそうで、6クラス200名前後だからかなりの大人数。幹事さんは大変だ。

だけど、私ってば、最近はそれでもさすがに多少はまともになってきたんかな、子供のころからろくな性格してなくて。当時の友達と呼べる人は少ないし、同窓会があったところで特に会いたい誰かがいるでもない。それでも、そんな話を聞けば、なぜか心待ちにしてしまうのだから、同窓会とは不思議なもの。



 今日は兄から電話。

 来月、母が傘寿、80歳になるので、そのお祝いにみんなでご飯を食べに行こうということで。

先月から何回もかけてきて、かなり気にしているらしい。

ここはどうかな、と思う店の名前をあげたら、
「そこでいいから予約しといて。
写真屋も予約しといて。みんなで写真撮って行こう」

兄がそんなことを言うのは初めてで、80歳という母の年齢を思えば、確かにいつまでもある機会ではないのに今さら気づく。



 先週、天皇皇后両陛下が当地にお見えになられる御予定になっていたその日は私の誕生日でもあり。

そして、ちょうど、自分が事務局みたいなのをしている講座が開かれる日でもあったから、東京にお戻りになられる陛下を日の丸の小旗でみんなでお見送りできるように先生にお願いしようと思ってた。自分みたいな者が両陛下をお見送りできるなんて、そんなありがたいことがあるだろうか、って思うだけで胸が熱くなる。

 だけど、その前夜。

熊本で大きな地震。建物が倒壊して、怪我をされたり、亡くなった方まで出てるというニュースに驚きながら、これでは陛下の奉送迎(というそう)もなくなるかも、と思ってたら、やはり、翌朝、中止になりました、という連絡。

誕生日といえど、いつも利用してるサロンからお祝いのバルーンが届いて、娘がケーキを買ってきてくれたほかは今年も特に変わったことはないけど。

こうして、無事に元気で今年も誕生日を迎えられた。

今週はボランティアで聴講生のお母さんに代わって乳幼児の託児があったり、職場の歓送迎会に着付け教室と、仕事以外にも予定がある、そんな、ごく当たり前の日常。

来月はなぜかまた200人規模の講演会の司会役がまわってきて、母の傘寿に形成外科の受診、他にもいくらか、先月亡くなった知り合いの方のお墓参りの予定もある。

6月には娘に子供が生まれて、おばあちゃんになれる予定。



 そんなふうに、それ以上に、きっと誰もがその先の予定を当然のように組める、平穏でごく当たり前の日常が。

ある日突然、いきなり、崩れ去ってしまうだなんて。

 テレビやネットで刻々と伝えられる被災地の状況。

大きな揺れで家が倒壊、生活するのに絶対不可欠な道路や橋が分断され、長い歴史あるお城や神社さんまでもが崩れ落ち、土砂が土地を覆い尽くす。

家を失くし、ふるさとが埋まり、今なお続く大きな揺れにおびえながら過ごす不安はどれほどのものなのか。

今、自分がこうして普通にPCを前に思いをつづっていることはごく普通に当たり前のことであるはずなのに、それがそうでなくなってしまうどころか、食事や排せつ、眠ることさえもままならないなんて。

私にできることはわずかな募金程度でしかないけど、どうか、どうか、一日も早く平穏無事な日々を取り戻せますように、とただ願う。

そして、今日のこの一日にいっそう感謝せずにいられない。



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最終更新日 : 2016-04-18

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