FC2ブログ

アヒル番外地

すでに人生半世紀、朝昼晩につれづれに

Top Page › 日常 › 一期一会、春の別れ
2016-04-02 (Sat)  23:58

一期一会、春の別れ


 弥生三月は一気に駆け抜けてった感じで、昨日からもう如月四月。
桜の花も開き始め、というか、同じ通りにある街路樹でも区画ごとにすでに満開になっているところもあれば、ようやく目立つようになったところもあって。
近くの山でも見頃の桜、土曜の今夜はライトアップを見に来てた人も多かったよう。
毎年、リクと向かった土手の桜もようやく開き始めた感じで、前ブログの一昨年の記事を見てたら、花見に行って降り始めた雨に慌てて帰ってきたいのにリクが急いでくれなくて、みたいなことを書いてあって。
思うにあの頃すでに、きっと私が思う以上にリクの老化は進んでて視力もかなり低下してただろうに、暗くなり始めの夕方の散歩だからなお足が進まなかったのか。他にも諸々、老化、という病気をわかってやれなくて、本当に可哀そうなことをしてしまった。

IMG_1206.jpg

 そのリクが死んでしまったのが今年の1月12日。
2月には知り合いの方が急逝され、そして、先日。やはり、今の自分の生き方、ものの見方考え方をかえるきっかけを与えてくださった方が亡くなってしまった。
私はその方のおかげで学校が教えてくれなかった、というより、教育やマスコミに間違いを植え付けられていた、祖国、日本の国の歴史の認識をわずかなりとも改めることができ、200名ほどの会場での講演会での司会役、伊勢神宮の式年遷宮お白石持ちの行事にも参加という希少な経験をさせていただけたというのに。
 10年ほど前に乳がんで部分切除と腋下リンパ節郭清の手術を受けられたそうで、その後の治療がどうだったのかは聞いてないけれど、ここ何年か腰の痛みがひどくなり、いろんな診察を受けたところですっきりしないのに、乳がん手術のときの担当医に相談したら、骨に転移(再発)してた、ということだった。
70歳という年齢にかかわりなく、いつもとても精力的で非常に前向きな方であり、病は気から、願えばかなう、という考えを強くお持ちだったので、私も乳がんに罹患してたところで、自分からその話をしたことはない。
だけど、最後に会ったのは去年の秋になってしまったけど、その時初めて
「ガーコさんはちゃんと検査とか受けてる? そうだよね、私は受けていなかったから…」
と言うのを聞いたので、やはり、いろんな葛藤があったんだろうと思う。
 2年ほど前からそれまで精力的にされていた活動をセーブされ、入退院を繰り返しながら、それでも、去年の秋には講演会を企画して実行したくらいだったから、命を燃え尽くすくらいの勢いと覚悟だったのか。
 今年に入ってずいぶん遅れて届いた年賀状、建国記念の式典の時に、
「起きたら立ちくらみがひどく、駅から会場まで歩くつもりが自信がなくなってしまった、来年は是非とも元気になって日本国をお祝いしたいと心に刻んだ」というメールをいただいたのが最後になってしまった。
いつもはマメに下さるメールが、昨秋からめっきり少なくなって、2月の下旬に送信したのにとうとう返信がなく。これきりになってしまうのでは、とお見舞いに行きたい気持ちも、行った人の、まるで別人のようで大変ショックを受けて帰ってきた、という話を聞いてぐずぐず迷っているうちに旅立たれてしまった。
でも、意気地なしの自分のことだから、お見舞いに行ったところでいろんな思いがこみあげてきっと本人を前に涙がこらえきれず、逆に迷惑になってしまったかも。
 絵文字いっぱいの賑やかなメールも、筆ペンの長いお手紙ももう届くことはないなんて。
電話の明るい声も聴けないだなんて。
なんだかとても信じられないけど、でも、もう会えない。
 一期一会、袖すり合うも多生の縁。出会いはいつでも偶然の中。
大人になると友達が出来にくい、ってずっと思ってきたけど、この数年は特に知り合う人が多く、中にはご飯を食べに行ったり、一緒にイベントに出かけたりという人も。
はからずも別れることになってしまった人も。みんなみんな大事な人達だ。



関連記事

最終更新日 : 2016-04-10

Comment







管理者にだけ表示を許可